aikokuken-ryuji 日々の草稿

日々aikoku=愛国.音楽大好きな犬=ken@10年20年もっと後の日本に世界に平穏あれ。

『親孝行と親不孝』現代の家族の在り方について、考える

皆様、こんにちは☀  aikokuken-ryujiです。

今日は、暑いくらいの晴天に恵まれた行楽日和の日曜日となりました(*^-^*)

皆様は、どのように過ごされるのでしょうか...?   お出かけされる方は、熱中症にじゅうぶんお気をつけ下さりますように、お願い致します🙏

 

さてさて、今回のブログ更新ですが、最近政治ネタや時事ネタが多いですので、少しそういうのから離れて、人間が必ず経験する『親孝行』と『親不孝』について自分の事も交えて書いていきたいと思います。


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よく「孝行したい時に親は無し」という言葉を聞くと思います。

これは本当にそうだと思います。幼い頃より、親に育ててもらい、可愛がってもらい、親のおかげで学校にも行けて、成人するまでの間、本当に一生返しても返しきれないくらいの恩恵をいただいて、生きてこられた事実。

ですが、さぁ!社会人としての自分も確立できたし、これからは親孝行するぞ!  と思い立った時に、何故か親が急逝したり、うまくいかなかったりするものです。

そういう経験については、読んでおられる方々もあるかと思います。

ですから、上記の「孝行したい時に親は無し」というのはとてもわかる気がします。

 

僕は中学を出て、父の仕事を七年間手伝ってから勤めに出たのですが、それまでもけっこう両親にただならぬ苦労をかけたと思っています。

今でも思い出すのですが、僕は中3の時、いじめを受け登校拒否になり、ずっと家に籠りきりでした。

両親は、ともに仕事に出掛けて夕方まで帰らない時間を、悶々と過ごし、時にはこんな自分が嫌で仕方なく狂ってしまうくらいに苦しんだ事も多々ありました。

中学の担任から電話があるたびに、母は電話口で謝りながら泣いていたのを思い出すと、今でも胸が痛くなります。

こんな親不孝を繰り返してきた僕ですが、中学を出てから父の仕事を手伝い、その後就職し、仕事は転々としつつも社会人として、今に至れるということは、これは突き詰めて考えるに、親の力以外にないと思います。

 

親がいてくれたからこそ、自分がいる...。

 

両親のご先祖様が血を繋げてくれたからこそ、自分がいる...。


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でも、なかなか口に出して感謝を示したり、あからさまな行動で親に感謝する、親孝行するとかができない自分がいます。

何故、こんなに素直になれないんだろう......

いつも歯がゆい気持ちでいっぱいです。

まだまだ殻を破れていない自分がいるという事でしょうか...(-_-;)

 

日本の昔の民話に『姥捨て山』という話があるのはご存知かと思います。


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ある国の殿様が、年老いて働けなくなった者を不要として山に遺棄するようにというお触れを出し、ある家でもお触れに逆らえず泣く泣く老親を山に捨てにいこうとします。 

 山に老いた親を捨てるために背負っていく際に、親が道すがら小枝を折っている(あるいは糠を撒いていく)のを見た息子が、何してるのかと尋ねると、「お前が帰るときに迷わないように」と答えます。自分が捨てられるという状況にあっても子を思う親心に打たれ、息子はついに親を連れ帰る決心をします。

他に、年老いた親を捨てに行く際に子供も連れて行きますが、担いできたもっこごと親を捨てようとします。

すると、子供に「おっ父を捨てるときに使うから、もっこは持って帰ろう」と言われ、親を捨てる非道さに気付き(あるいはわが身に置き換えて思い知った恐怖から)姥捨てをやめるという内容の物語が海外でも多く流布されています。

親を捨てる......普通では考えられない発想ですが、役に立たない者は見捨てる、使えない者は切る、というこの考えは、現代社会にも深く根付いているひとつの資本主義的思想ですね。

資本主義的社会に於ける学歴重視、雇用制度にもそれは顕著にみられます。

昔と違い、今では企業からウェルカムではなく、こちら側から求めていかなければならない程に若い人たちの間でも、なかなかやりたい仕事に就けない、妥協して妥協して、やっと仕事にありつく...といった現象が右往左往しています。

それだけ、今の社会は物質的に行き届いている  という事でしょうか。

もちろん、働く側も社会貢献やその会社に貢献する為に頑張らなければならないのは、言うまでもない事ですが、企業側が常に胡座をかいているのは、どうかと思います。

 

少し話が横道に逸れましたが、「親を捨てる」という行為は、どんなかたちでもひいてはご先祖様や両親に対する恩を仇で返すといった事になりますよね。

少子高齢化社会の厳しい社会環境ではありますが、そんな時代だからこそ親と子の絆というものを大切にしていきたい、大人と若者の距離がいくら縮んだ世の中といえども、親しき仲にも礼儀ありで目上の人には尊敬の念を抱く  こういった事が今の世の中では非常に稀薄になってきていると思います。

 


「親捨て」論 金美齢氏、小沢遼子氏、呉智英氏ら賛否│NEWSポストセブン

 

⬆⬆上記で紹介させていただいた台湾人で日本に帰化された金美齢さんは、憲法改正や日本の真実の歴史について発言や著作なども多く、多方面で活躍をされている方です。

金美齢さんの著作に『凛とした子育て』というものがあります。

機会があれば、是非これから親になられる方や、若い人から子供のいる親御さんも読まれてはいかがでしょうか。

きっと、何らかの答えを導き出してくれると信じています。

 

凛とした子育て (PHP文庫)

凛とした子育て (PHP文庫)

 

確かに、思春期や第一次、第二次成長期には子供にとっては親の存在がうっとおしく感じるもの。

僕もそうでしたし、実際そういうのが重なったりいじめを受ける中で、結局両親に迷惑をかけてしまいました。

でも今はこうしてなんとか働く事もできている事は、決して自分一人の力なんかではなく、親の子を想う気持ちであったと思います。

 

【親が子を想い、子が親を想うーー】

 

この言葉は、子供の時から聞かされていました。

でも一口に「ええ言葉やなぁ。その通り」と頭でわかっていても、心でわかる事ができなければ何にもならないのではないか......。

僕なんぞは、何でも頭でわかろうとするタチなので、心で感じる  想いをひけらかす  事に真実味を感じられず躊躇してしまう時もあります。

それじゃダメなのはわかっているのですが(笑)

 

この【親が子を想い、子が親を想う】という言葉は、言い換えれば............

 

【皇室が国民を想い、国民が皇室を敬う】

というシノニム(同意義語)にも置き換えられるのではないでしょうか。

2600有余年の間、この日本という国に平安をもたらし、国民の生活の安定と平穏を何代にもわたって願い続けてこられた天皇陛下と国民の絆は、古事記にある國譲りから始まった時から、神武天皇が即位された頃からすでにその堅い絆は、あったのだと推測します。


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特に歴代天皇の中で、仁徳天皇の『民のかまど』というお話には国民と皇室の、深い絆と信頼関係がわかりやすいエピソードとしてネットや書籍などで紹介されています。
⬇⬇仁徳天皇『民のかまど』にみる聖帝物語 YouTubeさんから。

https://youtu.be/KbeqYy8iXyk 

 

そして、親子、家族について語る上で忘れてはならないのがアニメ『サザエさん』ですよね(ベタな話題、キター❗って感じ? 笑)


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戦後、ベビーブームなどが訪れ大所帯な家庭が増えましたが、その後の家族形態というものがある時代から、まったく一変してしまったと言ってもいいくらいの状況に晒されてしまいましたよね。

 

そう。お察しの通り、その名は核家族化。

 

戦後日本の家庭は、両親や祖父母との同居が著しく減少し、現在に至るまで核家族化が進んでいる状態です。

この頃から次第に、お年寄りの孤独死や青少年の犯罪とかが増えてきたんじゃないのかな...?(´^`;)

つまり、昔の家庭には、両親が共働きの場合でも、家に祖父母がいて子供の面倒をちゃんと見てくれて、時には若い親では、なかなか知識が及ばず、教えてあげられない礼儀作法やお伽噺などもしてくれて、子供にとっては物凄く大事な存在であったのです。

今のように、会社に行く前に、幼い子供を保育所や託児所などに預ける必要などもなかったわけですね。
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それが今や、親や祖父母は自分たちの生活から切り離してひとつの家族を形成する事が主流のように思われていますから、施設にも入れない老人が寂しく孤独死したり、また、若い夫婦は仕事にかまけて子供をちゃんと育てられなくて、その事で悩み、生活破綻したり、育児ノイローゼにかかってしまう若い母親などが何人も出てきています。

子供にしたって、そういう環境で育てば余計な自立心が変な風に芽生えてしまい、親の心配そっちのけて悪い友達と付き合ったり、結果的に満足な愛を与えられず育った子供達は、最悪の場合、犯罪など犯したりもしかねないですよね。

核家族というのは、いくらでもそういう危険性を想定できるくらいに深刻な問題です。

先に話した姥捨て山に話を戻すと、やはりけしからん事ではありますが、各々の家庭の経済的な問題もまったく介さずに考えるとなると、そこは様々な思慮が交錯するわけです。

そこへもっていくと『サザエさん』はまさに日本古来の生活様式、理想の家庭環境にあると考えられます。

祖父母がいて、親がいて、その強固な庇護下で子供たちは安心して成長期を謳歌する事ができるのですね。

おっと! 猫のタマも立派な家族の一員です(笑)   タマの存在は、子供たちにとって非常に「癒し」という効果による祖父母や親に次ぐ重要な立ち位置にいますよね!(≧▽≦)

 ⬇⬇下記リンク【アニメ・サザエさんから学ぶ家族団欒の在り方】

https://www.google.co.jp/amp/s/toshiakiakamine.wordpress.com/2012/05/14/%E3%82%B5%E3%82%B6%E3%82%A8%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E5%AE%B6%E6%97%8F%E5%9B%A3%E6%AC%92/amp/

 

1970年代に起こった『コインロッカー・ベイビー』などの事件や、幼い子供を駐車場の車中に置き去りにし、ショッピングやパチンコに平然と出掛ける若い親による幼児死亡事件もあとをたたないのを見ると、やはり親と子の絆が薄弱なるものとなってしまっているのは否めない、悲しい世の中となってしまいました...(T_T)
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今からでも遅くはないと思います。

本来の日本の家族の在り方を根本から見直して、精神的支柱を建てていくのができないわけじゃない。

まず日本人としてのアイデンティティーを胸に刻み、親に感謝し、ご先祖様に感謝し、自分の存在の証となる存在を生み出し、力の限り寵愛する。

 

今、続々と中国人などが日本に増えてきています。

北海道ではどんどん土地が中国人によって買われ続け、尖閣諸島では中国人の軍艦などが連日領海侵犯を繰り返しています。

敬愛する百田尚樹さんの『カエルの楽園』の終末観漂う世界が、現実になろうとしている今、我々日本人は、守るべきものを守り、変えるべきものは変え、無くすべきと思う制度は無くなるよう運動を起こさなければ、日本民族に明日はないものと思います。

かつて、明治天皇が仰られた『もろともに たすけ交はしてむつびあふ 友ぞ世に立つ力なるべき』

(訳=共に助け合い睦び合い切磋琢磨して向上していく友がいてこそ、世に出て活躍する力となる)

『何事におもひ入るとも 人はただ誠の道を踏むべかりけり』 

(訳=何を行うにしても 誠(まこと)の道を歩きなさい)

とのお言葉を感慨深く思いつつ胸に秘め、生きていかなければならないと思います。
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もうすぐしたらお彼岸ですね。

皆様、お墓参りをお忘れなく❗(という僕は、最近あまりお墓参りできていない...  😵💦)

今回も、最後まで読んで下り、ありがとうございましたm(_ _)m

(結局、最後は時事ネタ、政治ネタになってしまったのは、お詫び致します🙏💦)

 

                       @2677/ 7/ 2/ 草稿